妊娠・授乳中のインフルエンザワクチン

毎年12月になると多かれ少なかれインフルエンザが流行します。そして、1月にはいって爆発的な患者数の増加を示して1月下旬から2月にピークを迎えた後、急速な患者数の減少を経て4月上旬には終息します。咳やクシャミで飛び散ったインフルエンザウィルスを吸い込み、これが鼻やノドの粘膜に付着する飛沫感染が主な感染経路です。粘膜に付着したウィルスは20分以内に細胞内に取り込まれウィルスが増殖し、この増殖したウィルスが周辺細胞に広がります。1〜3日の潜伏期間の後、38〜39℃の高熱、頭痛、筋肉痛、全身倦怠などの全身症状があらわれインフルエンザが発症します。そして、家庭内で一人がインフルエンザにかかると次々と家族に広がります。効果的な抗インフルエンザウィルス薬も開発され発症初期(症状発現後48時間以内)に服用を開始することにより症状を軽減させる効果も期待できるようになりましたが、妊婦や授乳婦人に対してはその使用を制限せざるを得ません。したがって、ワクチンによる予防が大切と考えられます。しかしなぜ日本においては妊婦・授乳婦人に対するインフルエンザワクチン接種が行われないかということに関して、ワクチン消極派の見解とあわせQ&A形式で説明します。


Q1.インフルエンザワクチンは本当に効果があるのか?
現在、ワクチンの有効性は世界的に認められています。ワクチンによりインフルエンザに罹ることを完全に予防することはできませんが、インフルエンザによる重篤な合併症や死亡を予防し、健康被害を最小限にとどめることが期待できます。現在ワクチンの効果は有効率で表し、ワクチン接種をしなかった場合におこる危険をどのくらい減らすことができるかという形で評価します。つまり「有効率70%」という意味は、「ワクチン接種者100人のうち70人が発症しない」ということではなく、「ワクチン接種を受けずに重症化した人の100人のうち70%・70人は接種を受けていれば重症化を予防できた」ということです。このことが十分に理解されていないため、「ワクチンは効かない」という誤解や不信感を招きました。また、かつて学校で集団接種をしていた時期、たとえば550人の生徒がいる学校で接種者が500人、非接種者が50人の場合、接種者の6%に相当する30人、非接種者の20%に相当する10人がインフルエンザに罹患する計算になります。この30+10=40人がある病院を受診した場合、その病院の医師からみれば「40人中30人、実に75%がワクチンを接種していたのにインフルエンザに罹った」ということになり、「ワクチンは効かない!」とその有効性に疑問を抱いてしまい、日本での誤解に拍車をかけてしまいました。しかし、有効率が70%という数字だけで判断すれば、接種を見合わせるという意見があるのも否定はしません。

Q2.妊娠中のワクチンは安全?赤ちゃんへの影響はないの?
妊娠中の内服薬の使用に関しては胎盤通過性の問題や、安全性が十分確認されていないため今のところ「妊婦には投与しない」、投与する場合にも「催奇形性の危険が少なくなった妊娠末期に使用する」というのが現状です。なかには催奇形性の問題で「妊娠もしくは妊娠している可能性がある場合には投与しない」とされている薬もあります。つまり、妊婦さんはもしインフルエンザに罹ってもクスリものめず、何日も高熱にうなされじっと我慢する他にはありません。「インフルエンザに罹らないように注意しましょう!」といって帰宅したら「うがい」と「手洗い」を習慣としても、なかなか防ぎきれないのが実際です。したがって、妊婦はその特徴から合併症を起こし重症化する可能性が高いにもかかわらず有効な治療薬がない以上、インフルエンザワクチン接種による感染予防が大切で不可欠なことと考えられます。妊婦に対するインフルエンザワクチンの接種は日本ではまだ一般的ではなく医師や医療機関で対応がまちまちですが、欧米では妊婦に対するインフルエンザワクチンの接種は必要であり、当然のことと考えられています(妊婦に対するインフルエンザワクチン接種に関する情報を参照)。そしてその使用経験から安全性もわかってきました。日本においても旧厚生省(現厚生労働省)の検討会で妊婦はハイリスク群として位置付け接種対象者に含まれています。また、日本医師会の見解でも妊婦はインフルエンザワクチン接種不適合者(後述の※参照)に指定されていません。 一方、インフルエンザワクチンの添付文書には《妊娠中の接種に関する安全性は確立していないので、妊娠または妊娠している可能性がある婦人には接種しないことを原則とし・・・》と書かれているのも事実で、ワクチン消極派の方はこの記載を判断基準にしているのではないかと思います。 欧米各国の対応、厚生労働省や医師会の判断、その他のプラスの情報と、添付文書に記載された唯一のマイナス情報とのどちらを選択するかは患者さんご自身の判断です。

{妊婦に対するインフルエンザワクチン接種に関する情報}
@厚生省(現厚生労働省)の設置した新型インフルエンザ対策検討会の報告(1997年)・抜粋
妊婦(ただし流行期に妊娠28週以降)は医学面からみてインフルエンザに罹患すると経過も重くなるため、死亡率が高い集団、ワクチン接種の優先順位が最も高い集団の中に高齢者(65歳以上)ととも に含まれている。
A日本医師会(日本医師会ホームページの妊婦に関する記載)
インフルエンザワクチンは病原性をなくした不活化ワクチンであり、胎児に影響を与えるとは考えられ てないので妊婦は接種不適者には含まれません。しかし、妊婦または妊娠している可能性の高い女性にインフルエンザワクチン接種をしたという国内の調査成績はまだ十分蓄積されていないので、現段階で は予防接種によって得る利益が不明の危険性を上回るという認識が得られた場合に接種を行う、ということが適切でしょう。米国の報告では、もし接種するなら妊娠のごく初期(妊娠13週前後までを)除き行うのが望ましいとされています。今のところ妊婦に接種した場合に生ずる特別な副作用の報告はありません。
B米国疾病管理センター(CDC)のインフルエンザワクチン接種勧告対象・抜粋
インフルエンザ合併症のハイリスクグループの中に、65歳以上の高齢者、慢性肺疾患・心疾患をもつ成人および小児、免疫抑制状態などの成人および小児とともに妊婦(流行期に妊娠4ヶ月以降に該当す る者)も含まれている。
C米国予防接種諮問委員会からの勧告・抜粋
インフルエンザワクチンは、妊娠のどの時期に接種しても安全である。それゆえにハイリスク条件を持つ場合には妊娠3ヶ月未満であってもインフルエンザ流行が始まるときには躊躇することなく接種すべきである。
D英国におけるワクチン接種の優先順位
@医療従事者、A社会を維持するために必要な職業従事者(消防や救急・警察・通信や運輸・軍隊等)、B心疾患・呼吸器疾患・腎不全などの慢性疾患をもつハイリスク患者、C妊婦、D老人ホーム・老人病棟の入居者、E75歳以上の高齢者全て、F65歳以上の高齢者全て、Gハイリスク患者と家庭内で接する人、H流行時の抗体検査、死亡率からみて特に危険と考えられる年齢層、I特定の産業従事者、J20〜65歳の人、K0〜19歳の人。
EWHO(世界保健機構)の加盟国への要望・抜粋
国としてインフルエンザ予防接種施策がある場合には、高齢者・基礎疾患のある人を含むハイリスクの人々に対する予防接種率を上昇させるための実地対策を確立し、導入し、高齢者人口における予防接種率の目標を達成する。


Q3.授乳中でも接種はできるの?

授乳婦人は、米国予防接種諮問委員会を除きワクチン接種が必要なハイリスク(重症化する危険が高い)グループには含まれていません。この理由は、授乳婦人がインフルエンザに罹っても重症化する危険が増すことがないからです。授乳をしていない他の人たちと同じ危険性であれば、ワクチン接種が特に必要とはいえないという考えです。しかし、授乳中のお母さんにとっては必要がないとしても、母乳をのんでいる赤ちゃんにとってはどうでしょうか。もしお母さんがインフルエンザに罹れば、お母さんの顔の近くで母乳をのむお子さんにもインフルエンザがうつる可能性は十分考えられます(母乳を介してうつることはありません)。実際お母さんからの二次感染で赤ちゃんが重症なインフルエンザになったという報告もあります。また代表的なインフルエンザ治療薬の"タミフル"も「授乳中の婦人には投与しない」「投与する場合には授乳は避ける」とされています。したがって授乳中の方もインフルエンザに罹らないようにするのが一番大切なことといえます。また、ワクチン接種の効果が母乳を介して新生児に現れるとの報告もあります。授乳婦人はワクチン接種が必要なハイリスクグループに含まれていないのは事実ですが、日本の厚生労働省を含め接種不適合者(下記※参照)としている報告はありません。米国疾病管理センター(CDC)も授乳中のワクチン接種は安全であるとし接種を奨励しています。

※ インフルエンザ予防接種ガイドラインにみる接種不適合者(抜粋)
@接種当日、明らかな発熱(通常37.5℃をこえる)を呈している者。
A急性の病気で服薬が必要な重篤な急性疾患に罹っていることが明らかな者。
Bインフルエンザワクチンによってアナフィラキシーショックを起こしたことが明らかの者。  これは通常接種後30分以内に起こるひどいアレルギー反応のことで、発汗・顔が急にはれる・全身にひどい蕁麻疹出現・吐き気・嘔吐・呼吸困難などを認める全身反応です。
Cその他、医師が不適当と判断した者。


Q4.妊婦・授乳婦人に接種しても本当に安全?
特に妊婦・授乳婦人だけに起こる有害事象はなく、日本含め先進国で妊婦を接種対象としていない国はありません。外国における過去7年間の観察期間でも少なくともインフルエンザワクチンは子供の発育を含めマイナスの報告はありません。さらには、妊婦だけでなく、分娩後の新生児の抗インフルエンザ効果を示すとの報告もあります。授乳中の方も同様です。

Q5.インフルエンザワクチンの副作用の問題は?
<重大な副作用>
@アナフィラキシーショック(頻度;9.0/1000万接種) 蕁麻疹・呼吸困難・血管浮腫などが現れることがあり、そのほとんどは接種後30分以内に生じます。
Aギランバレー症候群・GBS(頻度:1.0/100〜300万接種)
2002年冬、インフルエンザワクチン接種後に起立困難などの神経系の副作用が報告されました。  インフルエンザワクチンとGBSの関連の話題はおよそ25年前までさかのぼります。その当時、米国で使用されたブタインフルエンザワクチンの接種後にGBSが発症したことが報告されましたが、頻度は10.0/100万接種未満であり、GBSの自然発症率(健常人が発症する頻度)と差はないということがわかりました。その後現在と同じワクチンが使用されるようになってからの調査ではその頻度はさらに低下し1.0/100〜300万接種といわれています。GBSの原因になりえる感染症は多数あり、インフルエンザワクチンが原因であると特定されたものはこれまでのところありません。
Bけいれん(頻度;1.0/300万接種)
C麻痺(頻度;1.0/250万接種)
D髄膜炎(頻度;1.0/300万接種)
E急性散在性脳脊髄炎(過去9例の報告)
<その他の副作用>
@過敏症 :まれに接種直後から数日中に、発疹、蕁麻疹、紅斑、掻痒などが現れる。
A全身症状:発熱、悪寒、頭痛、倦怠感など。特別な処置を必要とせず通常2〜3日中に消失する。
B局所症状:接種部位の発赤、腫脹、疼痛など。特別な処置を必要とせず通常2〜3日中に消失する。
<卵アレルギー>
ワクチン製造の過程でわずかながら卵由来の成分が残存してしまいます。これによる卵アレルギーの副作用がごくまれにみられます。過去に卵でアレルギー(蕁麻疹や発疹、口の中がしびれたなど)がでた方に対しては、接種を避けるか、注意して接種する必要があります。

Q6.防腐剤として使用されているチメロサール(エチル水銀化合物)って何?
水銀中毒と自閉症の症状が類似しているため、自閉症の増加をワクチンによる水銀暴露と関連づけた報告が米国でありました。ここ十数年の間に乳幼児が接種すべきワクチンの種類や本数が増え、また、より月齢が低い段階で接種を受けるようになり、結果として予防接種による水銀暴露が増加し自閉症が増えたと考えたのです。しかし、世界保健機構(WHO)は「エチル水銀は半減期が短く暴露は比較的短時間であること、さらに体内に蓄積されるメチル水銀と違いエチル水銀は腸管から盛んに排泄されるため、ワクチン中のチメロサールにさらされた小児、成人における毒性を示す根拠はない」という見解を示しました。一方、WHOは水銀摂取の毎日暴露をうけても有害な影響がないと思われる安全基準量を出していますが「この値は一般の人々に適用されるけれど、妊婦や幼児については一般の人々より危険性が高いかもしれない」と注意を促すこともしました。現在チメロサールによる副作用は局所の発赤や腫脹などの皮膚過敏症がみられるだけで、重篤な副作用や長期的な健康被害は起こっていません。またチメロサール含有のワクチンは1930年ごろから使用されていますが、妊娠女性に接種した場合にも安全性に問題はないと報告されています。しかし、より高い安全性を求め日本においてもWHO、米国、欧州と同じくチメロサールをワクチンにできるだけ添加しない方向にあります。 これらのことを考慮し、当セイントクリニックではチメロサールを含まないものを使用します。

Q7.接種する時期、回数は?
@妊娠中の方の場合・・・流行期に妊娠28週以降という旧厚生省の報告を基準とします。10月1日の時点で妊娠12週をこえる(分娩予定日が平成17年4月13日以前)妊婦さんを接種対象とします。分娩予定日が平成17年4月14日以降の方で接種を希望される方は、相談の上接種の可否を判断します。その場合の米国CDCの勧告を基準とし、接種時期は妊娠12週以降(接種時)と致します。
A授乳中の方の場合・・・原則としては産後1ヶ月健診を終わられた方とします。(妊娠中と異なり明確な判断基準はない) 産後1ヶ月未満の方は体調を診た上で接種の可否を判断します。
B接種回数は妊娠中の方、授乳中の方とも1回接種となります。

 

>>2003〜2004年シーズンにおけるセイントクリニックの統計 (pdf129KB)


文責:セイントクリニック 産科 塩津英之

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